嫌なことを吐き出す、ということ

昔はいろんなことに文句を言ったり、誰かを責めたり

不平不満をぶちまけたりするのがすごく簡単だった。

 

 

でも大人になるにつれて(こういう表現は嫌いだけど)

いろんな人のいろんな事情が背景が見えたり、

自分が想像もできなかった社会の構図があったり、

何かを一方的に悪く言うことが難しくなった。

 

これっていいことなのかもしれないけれど、

もしかしたら自分の中に少しずつ溜まっていってるのかもしれないと思った。

 

 

言いたいことを言えばいいんだよ、という意見は基本的には嫌い。

誰かをむだに傷つけたり物事が前に進まなくなったりするから。

 

でも一方で、たまには思ったことをそのまま言った方がいいのかもしれない、と思う。

 

 

頭の中に浮かんだことを言葉に出すときに、僕の頭の中では

・誰かを傷つけないか

・偏見やイメージなどが混ざっていないか

・他の側面から見た場合にどうか

・これを言葉に出すことに意味や価値はあるか

などがばばばっと出てきて、それをチェックしていく。

 

きっとその過程で僕の想いや感情はちょっと削られてしまう。

そうなると、それはなかったことになってしまう。

 

 

これってなんか体に悪いのかもしれない、と最近思う。

ストレス、というほど大袈裟ではなくても溜まっていってそう。

 

 

それに感情とかって無視され続けると諦めて出てこなくなる。

何考えてるか分からないとか、楽しい?って聞かれるのってこれなのかもしれない。

 

 

かといって思ったこと全部口に出すのはやっぱり違うなと思っている。

と思いながら、今は思ったことをそのまま書いている。

 

 

ここ数年、感情にフォーカスして生きていこうとは決めたものの

まだまだ理屈に囚われているなと思った夜でした。

どうにもならないコンプレックス

※先に書いておくと、落ち込んで書いてる訳ではなく、ずっと思っていたことをそのまま吐き出しています。私は元気です。

 

 

僕は中学2年生くらいからずっとニキビが絶えず、肌がとても汚いです。

顔から胸あたりにかけて、色が変わっていたり凸凹したりしてます。

 

だから人に見られるのがとても苦痛で目を合わせて喋るのが苦手だし、

水着になることや風呂に誰かと入ることも恥ずかしくてたまりません。

(多分人前で上半身裸になったことって授業以来は銭湯くらいしか無い)

これは人に言えないし理解されないので、時々とても変な空気を生み辛い。

 

ずっと病院にも通ってきたし、民間療法もたくさん試してみたけれど、

結局16年近くほとんど良くはならず、とても汚い肌と生活することになってます。

 

なので僕の一番のコンプレックスは見た目で、人前にたつことや初対面の人に会うことがとても怖いです。

異性と接する時も、気持ち悪いやつだと思われてるんだろうなと思ってしまう。

 

 

この肌についてのコンプレックスは、今まですっと誰にも言わずにきました。

言ったところで状況は変わらないし、ただ気を遣わせてしまうだけだからです。

それに一部の心ない人から、

「生活習慣治しなよ」「病院変えてみたら?」「美容クリニックとか」

みたいないらんアドバイスが飛んでくるのがとても苦痛だからです。

正直肌が丈夫な人が思いつくようなことなんてほとんどやってます。

プロにも散々相談してきてる。でも相手は良かれと思って言ってくる。

だから誰にも言ってきませんでした。

 

 

でも、誰かに知ってもらうことで楽になれるのかもしれない。

直接は言えないけれど、仲のいい人には理解しておいてもらいたい。

と思って書いてみてます。(すぐ消すかも)

 

 

今まで見た目を褒めてくれた人もいました。

でも自分がとても汚いと思っているものを褒められても、気を遣われているようにしか思えないんです。

どんなに好きな人でも、じっと見られたり、汚い部分を触られるのが苦手です。

自分が嫌なのもあるし、それで嫌われるのが嫌だからです。

 

 

ちょっとでも良くなればいいな、と思って色んなことも試しました。

でもはっきり言ってとても疲れました。

どこに行っても違うことを言われ、違う薬を出される。

ネットにある情報なんて何かを売るための誇大表現で、ほとんど信憑性もない。

 

 

どうにもならないことはとてもやる気を失わせます。

どうやったって人を不愉快にする見た目なんだから、人と接する気も失せます。

 

 

思ったより周りは気にしてないよ、とも聞きます。

でもそれはこっちからすると関係ないんです。

自分が汚いと思ってるものを人前に出してることが恥ずかしいからです。

できれば隠したいし、見せたくない。

でも人間と接する以上必ず見えてしまう部分がとても汚い。

だから目を合わせたくないし顔を背けたくなる。

 

 

 

 

とまあ心の奥底にこんな思いを抱えながらも普通にヘラヘラと生きてる訳ですが、

やっぱりたまに顔を出してくるのでとても厄介だなぁと思います。

みんなそれそれコンプレックスを抱えている、というのもよく聞く話なので

今更これに強く嘆く、みたいなことも特になくなってきました。

 

これ書いてみたら案外スッキリしたので、みんなもやってみたらいいと思います。

何かが解決する訳じゃないけど、誰かの気休めぐらいにはなるかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことが分からない理由

若い子の話を聞いていてよくあるパターンていくつかあるな〜

と感じたのでそれを殴り書きします。

 

 

1.やりたいことはあるのにやれないと思い込んでいる

これは自己肯定感が低かったり、自信のない人に多いかな。

心の底に自分でも気づかないうちにやりたいことをしまっちゃってる。

実はあのまま音楽を続けたかったとか、デザイナーになりたいけどセンスないしとか。

なんとなく無理だろうな〜と思ってそのまま諦めちゃってる。

そしてそれは自然と心の奥底に眠ってしまい、自分でもそれを忘れてしまう。

だから自分でも「やりたいことがない」と思ってしまうし言ってしまう。

本当は心のどこかにやりたいことをしまってませんか?と問うてみて欲しい

 

2.やりたいことと将来の夢を混同している

実は僕プロサッカー選手になりたかったんだ!今からやろう!!

と思っても、実際はそれは難しい年齢の場合もあるよね。

でも「プロ〇〇選手」って「やりたいこと」じゃないのよ。

それはあくまで「なりたいもの」であって「やりたいこと」じゃない。

なりたいものとやりたいことを混同してるパターンて実に多い。

やりたいことを続けるために必要な立場や仕事を目指すのは健全だと思うけど、

なりたいものを目指すことをやりたいことにしてしまうと、

なりたい自分になるまでは非常に苦しい時間が続いてしまうし、

もしそれが叶わなかった場合、最悪の人生になってしまう。

 

じゃあやりたいこととなりたいものがどう違うかというと、

やりたいことってのは「行動」のレベル。

なりたものって仕事や役職、成果や評価だから、やりたいことの先に到達するものだと思う。

だから「お金の心配をせずに毎日ひたすらサッカーの試合をしたい」とか、

「仲の良い友達と楽しくサッカーをしていたい」とか、

「日々サッカーの練習を続けたい」とかとか。

ここがどれだけ具体的であるかでモチベーションもかわってくると思うし、

選手にならなくてもいいじゃん、幸せじゃん!と気づくこともできる。

 

もちろんなりたいものがある人生は否定しないし、

そこに強く邁進して叶えた人もたくさんいるので悪い道でもないと思う。

けどそれって実際はかなり少数のつよつよメンタルの人にしか向いてない。

なので「なりたいもの」より「やりたいこと」を探そう。

 

3.現状の自分の世界にやりたいことがないだけ

知ってるものしか欲しいと思えないのと一緒だね。

彫刻を知らない人が彫刻をやりたい!とは思いつけないし、

自分の知ってる世界にやりたいことがないと、

「この世界には自分がやりたいことはない」と思い込んでしまう。

なので世界を広げることもめちゃくちゃ大事だと思う。

もしその本の中に強烈に憧れる仕事や遊びが描かれていたら?

漫画で初めて知るスポーツに異常に熱狂するとしたら?

そのゲームに一生やり続けられるほどハマったとしたら?

飲み屋の隣の人と仲良くなって最高の仕事や遊びに出会えるとしたら?

 

ぜひ触手をいろいろなところに伸ばすことをやめないで欲しい。

それで見つかる最高の世界がきっとある。

 

4.やりたいことを難しく考えすぎている

やりたいことっていうのは「かっちょいいマシンを作りたい」とかでいいのよ。

「毎日粘土をイジっていたい」でもいいし「ゲームの効率的攻略を考え続けたい」とかでもいい。

「ひたすら文字を描きたい」「写真をとりまくりたい」「海外旅行に行きまくりたい」

とかで全然いい。

仕事とか金とか結果とか評価に直結してる必要は全くない。

というかむしろ最初から繋げようとすると濁る。ちょっとズレる。

だから自分が心の底からやりてえなこれ、ということを飾りっ気のない言葉で書き出して見て欲しい。

それがどんなにダサくてもしょうもなくても何も生なくてもいい。

だってそれが自分のやりたいことで、それをやってると幸せなんだから。

 

5.疲れすぎている

昔は楽しかったことが楽しくないとか、いろんなものへの興味がなくなったとか

やりたいことはあっても体が動かないとかは、多分疲れすぎだと思う。

この状態ではやりたいこともやりたくないので、やりたいことがないというよりは

やりたいことさえやりたくないという状態。

この状態で自分探しをしてもネガティブな方向に落ちるだけだし、

無理矢理やりたいことをやるとその対象を嫌いになってしまう可能性もある。

 

なのでそういう時はとにかく休んで欲しい。

休むっていうのはスマホ触っても漫画読んでも映画見てもゲームしてもだめだからね。

脳を使わないってことだから、とにかくぼーっとしなきゃいけない。

ちゃんと食う、ちゃんと寝る、ぼーっとする、で休んで欲しい。

仕事してるとなかなか難しいけど、土日思い切って何もしないとかから初めてみて欲しい。

その土日を無駄にしたくないという気持ちはめちゃくちゃ分かるんだけど、そのままだとその先の人生も疲れたまま呆然と過ぎ去っていってしまうよ。

 

以上

 

 

 

 

 

"なんかやらなきゃ病"が生活を壊す

シャワーを浴びながら、ご飯を食べながら必ず動画を見る

空いた時間が少しでもあればスマホを触る

洗い物や掃除は嫌々すばやくやってしまいたい

何にもしてない時間が耐えられない

なにかしなきゃ、時間を無駄にしたくない

 

今日はこんな人に向けた記事です。

 

 

なにかやらなきゃ病とは

これは自分が勝手に呼んでいる症状だが、

常に頭の中に"何かやらなきゃ"という感覚が続いてることを指している。

最初に書いたことに当てはまる人はほとんどそうだと思う。

 

まず最初に区別しておきたいのは、あくまで"何か"をやらなきゃという感覚が強いことを指す。

特定のやらなきゃいけないことがあってそれで脳がいっぱいになっている場合は違う症状で、それはタスク管理/整理である程度緩和できる。

 

常に何かやらなきゃ、というそわそわした状態で生きる。

これは非常にとっても消耗する生き方だなと思う。

僕も最近気づいてちょっとずつ改善しているが、

該当する人はぜひ弊害と改善策を知っておいて欲しい。

 

 

なんかやらなきゃ病の原因と弊害

なんかやらなきゃ病の原因は僕の場合

面倒くさがり × 自分を高めたい

という掛け算によって生まれていると思う。

(ここはもしかしたら人によって違うかもしれない)

 

思考をできるかぎり言葉で説明しようとするのなら、

 

1.やりたいことや新しく始めたいことはある

2.それらは腰を据えて長い時間やらなければならないし、うまくいく保証もない

3.着手するのが億劫になってくる

4.でも何もしないというのは時間を無駄にしている感じがする

5.なのでとりあえず手っ取り早くできるものに飛びつく

6.それが繰り返され、本当にやりたいことではなく時間を埋める行動が多くなる

 

といった感じだ。心あたりがある人もいるかもしれない。

 

なんかやらなきゃ病は、無の時間からの回避行動とも言える。

つまり現在からの逃避行動に近い。

 

続きはまた後ほど追記します。

 

 

 

 

 

 

アニメとゲームは無駄なのか

「漫画とかアニメって無駄な気がして見れないんですよねえ〜」

 

こんな話を最近聞いた。

アニメや漫画、映画やドラマなどの消費コンテンツは浪費ではないか?

という意見だと思う。

 

時間と金を消費して人が作ったストーリーを楽しむ行為は無駄、

確かに理解できなくはない意見だなと思った。

 

ただ僕は全部大好きマンなので、

なんとか価値のあるものにしておきたい!

やる時みる時に罪悪感を感じたくない!

ということでそれぞれの価値について書いていきます

(永い言い訳)

 

モンハンが教えてくれたこと

僕はモンスターハンターが大好きで、2ndくらいからやってる。

(総プレイ時間を計算したくないくらいには好き)

 

当時ハマったのは大学時代だったので時間に余裕もあり、

友人宅で鍋をつつきながら三日三晩やり続けたこともあった。

追加のお金を使わずに楽しめる済む最高のコンテンツだった。

 

モンハンをやったことがない人にもわかりやすく説明するよう頑張るが、

まずモンハンはいわゆるプレイヤースキルのゲームだ。

ドラゴンクエストファイナルファンタジーなどのRPGとは違い、

レベルがあがれば強いボスにも勝てるようになる、というものではないので、

自分のスキルがあがらないと強いボスには勝てない。

(スマブラとかFPS全般みたいな対人ゲームも基本的にそうだと思う)

 

プレイヤースキルが大事なゲームはゲームを楽しむために技術が必要で、

修練を重ねないと強い敵に勝つことはできない。

だからこそ時間の消費が激しいゲームジャンルでもあるし、

スキルの上限が無いので長い時間ハマるのもそれが理由の1つだと思う。

 

 

僕が初めてモンハンをやった時、序盤の敵にボロ負けした。

(確かドスギルオスとかそのへん)

ドラクエでいうと最初の洞窟とかで出てくる雑魚ぐらい。

(勇み足で入っちゃうとやられる感じのモンスターね)

 

プレイヤースキルのゲームをやったことがなかった僕は、

ゲーム序盤で行き詰まったことがなかったので絶望し、

PSP(当時のゲームハード)を投げ捨てて、辞めた。

だってゲームって大体が難易度調整されていて、

序盤はサクサクと進めるのが当たり前だと思ってたから。

 

でもまぁなんとなくもっかい開いては負けてやめて、

もっかい開いて装備変えてみるけど負けて、の繰り返し。

「つまんないゲームだな」そう思った。

 

 

でもある日、突然その敵に勝つことができた。

テンションが上がるというよりは、「おお...?」という感じ。

なんせ強い武器装備したわけでもないし、HP増えてもないし。

要は自分自身の成長によって倒せた、ということ。

 

継続によって成長することを教えてくれた

それからずっとモンハンをやっていると、やっぱり何度も同じ壁にぶつかる。

でもなんかいつの間にか倒せるようになってる。

あれ、なんか前より俺うまくなっていってる気がする。

そっか、やり続ければうまくなっていくんだ

 

"やり続ければうまくなっていくかもしれない"

 

そう、これです。これ。この感覚なんです。

これめちゃくちゃめちゃくちゃ大事な感覚なんですよ。

これ言い換えると"自分は成長していける"という感覚。

 

部活やってたり習い事してる人とかはこの感覚すでにもってる人多いので、

もってる人からすると当たり前だし大したことない感じがすると思う。

 

でも例えば運動とか勉強とかだめだった人でもゲームでは感じられるんですよ。

それにゲームは社会生活より親切なので強い敵倒せばわかりやすいご褒美があったりするし、そもそも倒す敵も提示してくれるし上達に向けた方法も検索しやすい。

 

だからなんかこう

・自分って何にもできないかも

・自分は無能でこれからもそうかもしれない

・何やっても全然だめ

みたいに感じてる人がゲームによって自信を取り戻せるかもしれない。

 

 

僕も中学校の頃バスケを断念してから何もうまくいかないかもみたいな感覚強かったけど、モンハン始めてからちょっとマシになったと思う

 

 

なのでゲームは

"自分は成長することができる"という感覚を、ゲーム会社の考え抜かれたエンタメ性によって最高に楽しみながら手に入れることができる素晴らしいコンテンツなのだ。

 

 

じゃあRPGは無駄?

 

じゃあRPGゲームは無駄なのか?というとそうではない。

ストーリー性のあるものに触れるのにはちゃんと意味がある。

 

例えば親が冒険を心配する。ビアンカかフローラかを選ぶ。

モンスター側の事情を知る。パパスが死ぬ。

 

そういうことから、感情を理解する力が育まれる。

(これ確か論文かなんかあったと思うので詳しくは調べてみてください)

ストーリーを理解するということは、人の感情の動きを理解するということ。

なのでストーリーに触れれば触れるほど、人のことを理解することができる。

 

そしてこれはアニメドラマ漫画映画にも通じる。

なのでこれらを消費することは、僕らが人の心を理解するのに非常に役に立つ。

なので全く無駄ではない。

 

 

 

結論

どんどんゲームをしよう。

どんどんアニメを見よう。

どんどんドラマを追いかけよう。

どんどん映画を鑑賞しよう。

どんどん漫画をパラパラしよう。

 

そうすればあなたの人生は豊かになる!!はずです。

 

 

自分を正当化できたので満足です。以上

 

 

"自己肯定感"なんていらない

自己肯定感というキーワードがよく聞こえてくるようになった。

なにかモヤモヤとしたものを抱えながら生きている人なら、

調べてみたり本を読んだことがあるかもしれない。

 

自分も自己肯定感がかなり低い方で(そのくせプライドは高いが)

それで悩んだ時間も長かったし勉強してきたので、

なんとか獲得できないか奔走していた時期もあった。

 

加えて僕は企業の人事なので仕事上で取り扱うことも多いのだが、

今のところの結論は

"自己肯定感なんて必要ない"

です。それについて殴り書いてみます。

 

 

そもそも自己肯定感とは?

自己肯定感とは何か。

これは結構難しい問いなんだけど、一般的に語られているのに近いのは

 "自分という存在自体に価値があると判断している感覚"

かな。

前向きに受け入れている、いいものと捉えている

みたいな表現でも間違ってはないかな。

似たような言葉としては

自信、自尊心、自己効力感、などがあるけれど

どれも微妙に意味や使い方が違うので気になる方はこちらの記事へどうぞ。

自己肯定感とは? 自己肯定感が低いとどうなるの? - STUDY HACKER|これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディア

 

自己肯定感はなぜ大事だとされているのか

自己肯定感が高いといいよ、というよりは低いと弊害があるよ、というのが正しいと思う(あくまで私見ね)

例えば自分を肯定的に見れないと

・頑張っても仕事うまくいかないだろうな

・どうせあの人は自分のこと好きになってくれないだろうな

・この失敗はやっぱり自分がダメな人間だからだ

みたいに、全ての原因を自分というダメな存在のせいにして、

かつそれは変えられない事実なので何をやってもダメなんだ

みたいな人生になってしまう。

 

一方自己肯定感が高ければ

・頑張れば俺はきっとできる

・どうしたら自分のことを好きになってくれるだろう

・この失敗を活かして次は頑張ろう

というように、次の行動に向けた思考が働きやすい。

 

つまり自己肯定感が低いと行動のやる気を失わせる思考が働き、

高いと行動を阻害する思考が働きにくくなるんだな。

(ちょっとだけ極論ね。詳しくはちゃんと本とか読んでね)

 

じゃあ自己肯定感は高い方がいいし、高めたい!となるのが自然。

だけどそんなに簡単なことじゃないんだ。

低い人には痛いほどわかることだけど、これがとっても難しい。

 

自己肯定感を高める方法はたくさんあるけれど...

自己肯定感を高める方法は色々あるらしいし、調べればすぐに出てくるが

正直にいうと自己肯定感低いマンの俺からすれば

「それができりゃ苦労しねえよ....」

という内容ばかり。

それに結構周りの環境にも影響を受けやすいので、

特に大人になってから高めるのは結構至難の技。

というか"あ、無理だなこれw"と俺は思いました

(なかなか高くならなくてめちゃくちゃしんどかった)

 

色々試してみてむずいなっていうのももちろんあるけど、

自己肯定感って要は自分を好きになる必要があるなと思ったんです。

よっしゃ〜と最初は意気込んでたけど、ふと冷静になって考えた時、

"そもそも嫌いな人を好きになれって言われて好きになれるのか...?"

となったわけです。結果、俺は無理だなと思いました。

 

結論①:自己肯定感は無理に追い求めなくていい

なので結論、一旦そんな難しい感覚は無理して追いかけなくていいと思います。

使うエネルギーと実現可能性とか得られる効果がアンバランス過ぎる。

自己肯定感が低い人が高くしようとすると難易度が高いから挫けやすくて、

その挫ける度に自分に失望するから、より低くなってしまう可能性とかもあるし。

何より得られないものを追いかけるのってめちゃくちゃしんどいのよ。

経験がある人もいるかもしれないけど、追いかけてる途中がとにかくしんどい。

死ぬまでに手に入るかも分からない。だったら幻だと思って一回捨ててしまおう。

自己肯定感は蜃気楼のようなものだ。

 

補足:絶対に無理だと思ってる訳じゃなく、あくまで低い人が高めるのは難易度が高く時間もかかるので俺はコスパ悪いなと思って一旦諦めた、ということです

 

 

代替案

でもやっぱり辛い人生はどうしても嫌だ、困る。

自己肯定感をあげなくてもなんとかマシな人生にならないかな?

と考えてきたことを以下に追記します。

 

 

①自己受容力をつける

自己肯定感の獲得が難しいのは、スキルというより価値観や感覚に近いってのも理由としてあると思う。

なので代替可能なスキルをここで紹介する。

 

"自己受容力"という言葉を聞いたことがあるだろうか。

英語だとセルフコンパッションかな。

(これについて学ぶのにはDAIGO先生のYoutubeがおすすめです)

 

自己受容力とは"あるがままの自分を受け入れる力"である。

 

 

うん、そう。ここで自己肯定感の低い人は

「ありのままの自分を....無理ゲーっぽいなこれも...」ってなる。

俺もそうなったけれど、これは確信をもって言える。

あくまでこれは思考力なので、技術として身に付く。間違いない。

そして何より少し上達するだけで人生が楽になるので、

ずっと耐えてやっと前進、みたいな修行でもない。

ぜひこの技術を少しだけでも身につけて欲しい。

 

 

ここで大事なのは"受け入れる"ということ。

受け入れる、というのは決して肯定するわけではない。

例えば

・サボり癖がある

・すぐに飽きてしまう

・すぐにイラついてしまう

・すぐに人と比べてしまう

・時間を守れない

・人の目を気にしすぎてしまう

みたいなのが自分だったとする。

(全部自分のことなんだけど書いたら若干落ち込んだ)

 

こんな自分を好きになれ、ってのはまぁまず無理だと思う。

だから好きにならず、肯定もしない。

でも"嫌わない"、"否定しない"、"それが自分だと受け入れる"。

これができると、心がスッと楽になる。

 

 

すみません疲れたので後ほど追記します...

 

 

 

 

 

【逃げの転職】新卒で入った会社を1年で退職した話

僕は新卒で入った会社をぴったり1年で辞めました。

当時はすごく恥ずかしいことだと思っていたし、割と病んで辞めたのであんまり振り返らないようにしてたのですが

そろそろ過去に決着をつけていかないと健全な生活が送れないんじゃないかと思っているので、ここに供養したく書き出しています。

 

就活から入社まで

僕は関西の4年制の大学の経済学部だったので、いわゆる総合職という間口であれば大体が会社選びの対象だった。

周りは割と大企業志向だったので銀行とか商社とか広告代理店みたいなところを目指す人が多かったし、自分もその辺はなんとなく受けた。

でもまぁコミュニケーションがかなり苦手だったのもあって就活はあんまりスムーズにいかず結構苦労した。まぁそれはいいとして

 

当時かなりコミュニケーションに課題を感じていたので、

「このまま人と円滑な会話ができないと生きていけないかも」

という思いでなんとか能力を伸ばせないかばかり考えていた。

 

だから

「あ、そうだ、営業とかやったらコミュ力伸びるかも!営業やろう」

ということで営業を目指すことにしました。

そしてまぁ売るなら好きなものがいいなということで音楽系。

そこに無事に受かり、入社することになりました。

 

補足:

就活が苦手、と感じている人には色んなタイプがいると思うけど、

喋ることがあんまり得意じゃないとか、嘘をついたり作り話が苦手な人は、心から行きたいと思う会社を探すことから始めてみるといいと思う

そうすると面接でも事前に用意した内容じゃなく心から言葉が自然と出てくるので頭の回転とか求められないし、変な対策もしなくて済みます

本当に行きたい会社を探すには徹底した自己分析が必要なんですけど、もし自己分析で困っている方がいれば相談してください、いくらでも時間作ります(暇です)

 

入社してからのしんどさ

僕が入社したのは割と昔ながらのTHE営業という雰囲気の会社で、

新規顧客の獲得がメインだった。

研修では飛び込み営業もやったし、アプローチもテレアポメイン。

こんなの入る前からちょっと調べれば分かるはずだけど、

入社する前は都合のいいところだけみようとしてたなぁとやや後悔。

 

まあやっていく中で結果が出ることもあって喜びの瞬間もあったけど、

基本的には毎日誰かと喋らないといけないし、知らな人に飛び込んでいかないといけない仕事だったのでコミュ障の俺にはかなりきつい仕事だった。

かかってきた電話に一番に出ないといけないってのもしんどかったな〜

(今も電話はできれば出たくない...)

 

辞める、を決めるまで

毎日めちゃくちゃ仕事がストレス、というのもあったしそれが続いていると人間心がおかしくなるもので心療内科にも行ったりして

(ここではADHDと自閉の傾向が発見されて、1つの転機にもなった) 

このまま続けるのは無理そうだな、と思ってから辞める理由を探し始めた。

 

辞める理由を探し始めた、というのは心のどこかで

「たった1年で会社をやめるなんてありえない、恥ずかしい」

という気持ちがあったからだと思う。

妥当性がなければ辞めちゃダメだな、と思っていた気がする。

 

辞める理由としてあがってきたのは

・数十年働いても給料があんまり上がらない

・労働時間が長い

・営業やってみて向いてない気がした

・10年くらい同じことをし続けるなと先輩を見て感じた

・関西から東京に戻りたい

・もっと変化の多い環境で働きたい

・自分の強みを活かした仕事がしたい

・楽しくない、どちらかというと辛いだけ

 などなど。

 

今みると辞めた方がよくね?とも思えるけど、

当時は「全部言い訳っぽいなぁ」という気がしてた。

だから理由を挙げ続けて辞めるべき理由をずっと探してた。

 

そして結局辞めることを決意したのはきっと

「今のしんどい環境から逃げたい」

というシンプルな感情からだったと思う。

 

上司に伝えたところ、

まぁ確かにしんどそうだししょうがないか、

みたいに割とスムーズに受け入れられた。

きっと自他共に居場所じゃなかったんだなぁと思う。

良い人もたくさんいたから育ててもらってすぐ辞めるのは心苦しいところもあったけど、やっぱ続けらんないわということで退職しました。

 

会社を辞めたい人に僕から伝えたいこと

ここからは「やめたい」と思った時に考えてみて欲しいことを書きます。

やめるべきかやめないべきかなんて本人次第だとは思うけれど、

なんかこう気の迷いとか、勘違いで退職してしまうこともあるなぁと思ったので。

なので「これだけは考えてみてくれ」というものを書いておきます。 

 

退職には色々な理由があると思うけど、大きくはこの2つかなと思う。

なので自分がどれで辞めたいのかを考えてみて欲しい。

 

1.ミスマッチ

これは自分と会社(もしくは仕事)の相性が悪いことによる退職。

こればっかりは会社は変わらないから自分が変わるしかないんだけど、

自分の大事にしている部分とずれていたら正直どうしようもない。

そしてミスマッチが起こる原因としても大きく2つかなと思う。

 

A.入社の時点でずれていた

これは自分のことをよくわかっていなかったり、面接官に虚言や誇張があったりすると起こる。

もちろん入ってみないと分からないことってたくさんあるしね。

 

B.働いてみて会社が、もしくは自分が変わった

入社した時はマッチしていたけど、社長や上司が変わったり会社の方針が変わったりなどでミスマッチになるパターン。

これは結構ベンチャーとかに多いし、そんなに珍しいことでもない。

そしてもっと起こりやすいのは自分が変わったパターン。

実際に働いてみて、いろんな人と接してみて、日々生きていて人間の考え方や価値観って結構変わるし、気づくこともたくさんある。

そうなると当然同じように会社が変化するわけでもないので、ミスマッチが進んでいく。

 

2.単純にやばい会社

これは問答無用ですぐ辞めるべき。

やばい会社っていうのは例えば法的だったり倫理だったりそういうのが欠如している会社のことだけど、自分がこの会社やばいかもと思ったらやばいです。

これに気づくためにはいろんな会社の人と話すことが大事なので、人に相談してみてください。

ネット上の掲示板とかで晒してみるだけでも気づけるかな。

 

この2パターンでどっちに当てはまるのかをまずは考えて欲しくて、

ミスマッチの場合はさらに掘り進めて以下を考えてみて欲しい。

 

ミスマッチの場合にも要素があって、もしかするとそのミスマッチは

同じ会社内での異動とかで解決する可能性もある。

 

大きく分けて

1.人と合わない

2.仕事と合わない

だと思う。

 

人と合わないの例としては

ex.社長や上司と合わない

これは多分やめるしかない。

けど、人間って結局深く付き合ってみないと分からないし、 

役職持つ人って立場上アウトプットが誤解されやすいので、

見極めるのはすごく大変かなと思う。

なんとなく合わないっていう感覚も大事だけどね。

ex.チームの雰囲気と合わない

ほとんどの場合、どんなに小さい会社でも全メンバーと接して仕事する人はいないので

普段一緒に仕事する人は限られてくると思う。

その人たちと合わないけど、他の部署には仲良い人がいる、とかだったら

異動したらもしかすると状況がいっぺんするかもしれない。

 

仕事が合わない例としては、

ex.長所を活かせない

例えばミスなくきっちり仕事を遂行するのが得意な人が、

曖昧で成果がわかりづらい仕事をするとうまくいかない。

もちろん逆もしかり。

自分の得意なことなんてないよ、と思ってる人も多いけど

得意って大体は"自分が意識せずに行っていること"の中にあるので

人に聞いてみるとわかると思うよ。

もしそういうものがなくても苦手なことはあるはずなので、

苦手を仕事にはしないように気をつけよう。

得意な人に任せた方が世界はうまくまわります。

ex.動機に共感できない

これはビジョン共感とかも含まれるけど、

"誰にどんな価値を提供しているか"

"どんな世界を目指しているか"

に共感できないと、金を稼ぐ雑用になってしまう。

もちろんそれでいい人はいいんだけど、どうせならちょっとでも

やりがいのある仕事がいいよね。(と筆者は思っている)

だからそこにあんまり共感できない仕事はやめておこう。

 

 

そしてもう1つ。

今の仕事を"やりたくない"という気持ちについて考えて欲しい。

なんでこんなに考えて欲しいって伝えたいかというと

それを通して自分のことを理解できるからなんです。

別にここまで考えるほど転職が重いものだとは思ってないんだけど、

やっぱり同じような転職を繰り返すのはあんまり得しないと思ってるので

いい機会だと思って深く考えてみて欲しい。

 

やりたくない仕事について気をつけて欲しいこととしては、

本当にやりたくないのかそうじゃないのかを問うて欲しいということ。

 

1.本当にやりたくない、自分の人生をそこに使いたくない

これはもう仕方ない。やめていいと思う。

だって自分の人生なんだからやりたくないことに時間を奪われちゃダメだ。

 

2.思うように成果が出なくて、進まなくてやりたくない

これは一旦立ち止まって考えてみて欲しい。

仕事してりゃ誰だって必ず停滞するタイミングがくる。

だってそんな簡単な仕事ばっかりじゃないもの。

うまくいかない時期って絶対にくる。まじで絶対。

でも人間って怖いのは、うまくいかないことを自分の能力のせいにはしたくないので

無意識に"俺はやりたくないから成果が出ないんだ"って思おうとするの。

これはねえマジで無意識だから自分では気づけない。

だからやりたくないと思ったら、うまくいってないからそう思ってるのでは?

と一度自分に問いかけて欲しい。

それを乗り越えた先に自分の人生があったり、

しんどくても頑張りたいという気持ちがあったりするのなら

一時的に目の前が暗くなっているだけかもしれない。

 

 

以降は気が向いた時に更新します

 

・すぐ辞めることのデメリット