いつかあなたを殺す"心の自傷癖"を自覚しよう

1年くらい前まで僕には自傷癖がありました。

ナイフを使って身体を傷つける方ではなく、自分のを自らの思考で傷つける癖

自覚するまでほぼ15年近く毎日、日常的にやってました。全く無自覚。

今回は自分の人生の大半を空虚なものにしてしまった"心の自傷癖"について。

(うつ病と近いのではないか、とのご指摘があると思いますが今回は意図的に別物として表現しています)

---もくじ---

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"心の自傷癖"とは

よくある自傷癖ってのは自らの身体を傷つける行為(=自傷行為)の習慣のこと。

代表的なのはリストカットだけど、爪をかむとか髪の毛を抜くとかもそうだと言われている。身体を痛めつけるもの全てを指す感じかな。

自傷癖が引き起こす問題は傷跡への後悔や自殺、あとはその自傷癖の原因となっている精神疾患や依存症、虐待などがその人を苦しめてたりする。

 

じゃあ心の自傷癖ってなんなのか。というと要は自傷癖の心バージョンで、

自分の心を自分自身で傷つける習慣のこと。

具体的にどんなものかというと

・自分はダメな人間だ

・こんなやつ社会にいらない

・醜い醜い醜い

・こんなやつ死ねばいいのに

・なんでこんなこともできないんだ

・なんもできない、無能だ

・死んだ方がいいんじゃないの

・大っ嫌いだ自分なんて

みたいな言葉を自分に浴びせるのが自傷ってことね。

これに心あたりのある人はぜひ読み進めてほしい。

 

"心の自傷癖"の怖さ

さぁじゃあここからは"心の自傷癖" あるかも?という人に向けて。

周りにもいるかもしれないから、優しい人にも知っておいて欲しい。

 

1.周りから"全く見えない"から分からない

心の自傷癖は血が出ないし傷跡も見えない。ので人から全く見えない

だから他の人は気づいてあげられないのであっという間に悪化していく。

もちろん本人は癖になってるから自覚することができない。

これは本当に怖くて、元気そうに見えた人が突然死んでしまうことだってありえる。

心の中で散々自分を痛めつけて、疲れて疲れて限界になっちゃうみたいな。

これはすごく怖いことだと思う。

 

2.回数と強度が日に日に倍増していく

傷跡が見えないことと、いつでもできることによる問題。

心を痛めつけるのって限界がないというか感じづらいんだよね、目に見えないから。

限界を迎えた頃には、ね。

それに凶器が要らなくて人目があってもいつでもどこでもできる。

から、電車に乗っても散歩していても飲み会でも彼女といてもいつだって。

自分の場合は朝起きてベッドの中から既に始まってたし、友達といてもずっとやってた。顔は笑っててもできるから。

もうね、習慣なの。習慣。だからずっっっとやり続ける。

 

3.古い傷跡を広げるのも自傷

これが個人的に一番やばかったなと思うんだけど、

過去に受けたトラウマや精神的苦痛(=傷跡)を掘り起こすんだよね。

カサブタをいじる感じから始まって、最終血が出るまでこすったりするみたいな。

普通に考えたらありえないわけ、みんなしないでしょ?

治りかけの傷跡を触りまくってひらきだして血が出て痛いなぁ。ってやらないでしょ。

でも習慣だからやるの、それが普通だと思ってるからやるのよ。

心の中だから血も出ないし。それが異常だってことがわかんないんだよね。

 

まずは自覚から

癖や習慣を変えるには"自覚"からスタートするのが一般的に言われてる方法。

んで俺もこの自覚からスタートした。

まず1日の中で、頭に浮かんだ自分を攻撃した言葉をどっかにメモで残してみて。

そうするといかに自分が自分を傷つけていたかが分かる。

 

自分の場合はこんな感じだった。

・また朝起きられなかった

・風呂もめんどくさいなんてダメなやつだ

・会社行きたくない自分はゴミだ

・こんなミスするなんて自分くらいだ

・なんで人の役にたてないんだろう

・人にとけこめないのは自分が何も持ってないからだ

・こういうとき笑えばもっと人生うまくいくのになんでできないんだ

・こんな人生でいいのか

・あの人もきっとこんな自分のことは嫌いだろう

・生きてる価値ってあるのかな、ないと思う

・死ぬ勇気もない自分はクソだ

etc.....

 

書いてて思い出して辛くなったw

けど、これ会社員の時の午前中の前半に書いたやつ。

そうなのこれ1〜2時間くらいの間にやってんだよね。

こんだけ自分を落とすことばっか自分に言ってたらそら元気出ねえわ、と。

こんだけボコボコにして立ち上がるなんてまぁ無理だよね。

まずは"自分には自傷癖がある"ということを認めるところから始めよう。

 

"考えないようにする"は難しい

んで自覚したら次は"やめる"ではなく"減らす"ことから。

ダイエットとか禁煙とかでもバンってその日から変えられるわけじゃないからね。

俺が有効だったのは、自分を否定する言葉が出てきたら違うことを考えること。

考えるのやめなきゃって考えるともっとそれについて考えちゃうからね。

ただ当時の俺は違うことを考えるってことすら無理だったんですよ(重症w)

傷つけ始めると自分の感情が暴走して満足するまでし続けるんだよね。

だから「ネーミングウォーク」という方法を使いました。

 

思考の切り替え術「ネーミングウォーク」

やり方

1.散歩に出る

2.目に入ったものに片っ端から素早く名前をつけていく

3.全ての名前は装飾語をつけず一言で

(ex.信号が目に入る=信号or棒or青or鉄,標識=棒or看板or標識or文字など)

4.これを集中して5分程度行う

 

そうすると無意識に攻撃しようとしていた奴らがそっちに気をとられるので、切り替えることができる。オススメ。

最初はついつい直前に考えていたことをかんがえてしまうけど、慣れてくるとネーミングウォークがなくても切り替えられるようになるよ。

人は変われる。

 

心の自傷癖を持ってる仲間達へ

最後に、この癖はあなたの人生に絶対に必要ないです。絶対に絶対。

自分でわざわざ自分のテンションを下げる必要なんてないよ。

俺は人付き合いも苦手で不器用だしサボリ癖もあって人として本当にゴミカスだけど、

少なくともそれによって自分を攻撃する必要はないなって思う。

(数年前の自分が聞いたら驚くだろうね笑)

だって攻撃したところでそれが改善するわけでもなくただ疲れるだけだから。

自分は無能でダメかもしれないけど、それで自分を攻撃する必要は全くない。

自分に厳しく、なんていうけどさ、自分に優しくしてくれるのなんて自分くらいだよ。

自分を大切にしろなんて難しいことは言わない。

自分を好きになるのだって簡単なことじゃない。

 

ただ攻撃するのをまずはやめてみて欲しい。

攻撃したってテンション下がるだけで好転したことないでしょ?

だからまずは自傷癖は人生にとって不要だということを知って欲しい。

そして気が向いたらちょっとずつ変えて行ってほしい。変えていけるから。

無理しなくていいから、本当にちょっとずつ、1日1回でもいい。

これで誰かの人生が1mmでもよくなったらいいなと思って書き殴りました。

以上!

 

PS:コメントもらった方、本当に嬉しいです。

僕自身も今は最高に幸せ!という訳ではないのでコメントに救われたりしています。

気持ちをわかってくれる人が他にもいるというだけで力が出ます。

ありがとうございます!

 

Twitterでも生きづらい毎日の中での気づきや学びを呟いているので、

もしよかったら覗いてみてください。

twitter.com

 

ちなみに筆者の状況が好転したきっかけ?になったかなぁと思う本を紹介します。

 

これは割と全体的な話をしている本。

割と前向きな精神状態じゃないと内容入ってこないかも。

 

これはもう無気力に落ちてしまった後の改善に向いてる。

 

こっちは自分の心に向き合う本。

ちょっと難しいけど、隠れたコンプレックスを持っている人や思い込みの強い人に刺さると思う。

 

これは全部めんどくせえ〜って人にオススメ。笑

 

これはタイトルで損している名著。

自分の人生がどの方向に向いているのか分からない、という時にオススメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"なんかやらなきゃ病"が生活を壊す

シャワーを浴びながら、ご飯を食べながら必ず動画を見る

空いた時間が少しでもあればスマホを触る

洗い物や掃除は嫌々すばやくやってしまいたい

何にもしてない時間が耐えられない

なにかしなきゃ、時間を無駄にしたくない

 

今日はこんな人に向けた記事です。

 

 

なにかやらなきゃ病とは

これは自分が勝手に呼んでいる症状だが、

常に頭の中に"何かやらなきゃ"という感覚が続いてることを指している。

最初に書いたことに当てはまる人はほとんどそうだと思う。

 

まず最初に区別しておきたいのは、あくまで"何か"をやらなきゃという感覚が強いことを指す。

特定のやらなきゃいけないことがあってそれで脳がいっぱいになっている場合は違う症状で、それはタスク管理/整理である程度緩和できる。

 

常に何かやらなきゃ、というそわそわした状態で生きる。

これは非常にとっても消耗する生き方だなと思う。

僕も最近気づいてちょっとずつ改善しているが、

該当する人はぜひ弊害と改善策を知っておいて欲しい。

 

 

なんかやらなきゃ病の原因と弊害

なんかやらなきゃ病の原因は僕の場合

面倒くさがり × 自分を高めたい

という掛け算によって生まれていると思う。

(ここはもしかしたら人によって違うかもしれない)

 

思考をできるかぎり言葉で説明しようとするのなら、

 

1.やりたいことや新しく始めたいことはある

2.それらは腰を据えて長い時間やらなければならないし、うまくいく保証もない

3.着手するのが億劫になってくる

4.でも何もしないというのは時間を無駄にしている感じがする

5.なのでとりあえず手っ取り早くできるものに飛びつく

6.それが繰り返され、本当にやりたいことではなく時間を埋める行動が多くなる

 

といった感じだ。心あたりがある人もいるかもしれない。

 

なんかやらなきゃ病は、無の時間からの回避行動とも言える。

つまり現在からの逃避行動に近い。

 

続きはまた後ほど追記します。

 

 

 

 

 

 

アニメとゲームは無駄なのか

「漫画とかアニメって無駄な気がして見れないんですよねえ〜」

 

こんな話を最近聞いた。

アニメや漫画、映画やドラマなどの消費コンテンツは浪費ではないか?

という意見だと思う。

 

時間と金を消費して人が作ったストーリーを楽しむ行為は無駄、

確かに理解できなくはない意見だなと思った。

 

ただ僕は全部大好きマンなので、

なんとか価値のあるものにしておきたい!

やる時みる時に罪悪感を感じたくない!

ということでそれぞれの価値について書いていきます

(永い言い訳)

 

モンハンが教えてくれたこと

僕はモンスターハンターが大好きで、2ndくらいからやってる。

(総プレイ時間を計算したくないくらいには好き)

 

当時ハマったのは大学時代だったので時間に余裕もあり、

友人宅で鍋をつつきながら三日三晩やり続けたこともあった。

追加のお金を使わずに楽しめる済む最高のコンテンツだった。

 

モンハンをやったことがない人にもわかりやすく説明するよう頑張るが、

まずモンハンはいわゆるプレイヤースキルのゲームだ。

ドラゴンクエストファイナルファンタジーなどのRPGとは違い、

レベルがあがれば強いボスにも勝てるようになる、というものではないので、

自分のスキルがあがらないと強いボスには勝てない。

(スマブラとかFPS全般みたいな対人ゲームも基本的にそうだと思う)

 

プレイヤースキルが大事なゲームはゲームを楽しむために技術が必要で、

修練を重ねないと強い敵に勝つことはできない。

だからこそ時間の消費が激しいゲームジャンルでもあるし、

スキルの上限が無いので長い時間ハマるのもそれが理由の1つだと思う。

 

 

僕が初めてモンハンをやった時、序盤の敵にボロ負けした。

(確かドスギルオスとかそのへん)

ドラクエでいうと最初の洞窟とかで出てくる雑魚ぐらい。

(勇み足で入っちゃうとやられる感じのモンスターね)

 

プレイヤースキルのゲームをやったことがなかった僕は、

ゲーム序盤で行き詰まったことがなかったので絶望し、

PSP(当時のゲームハード)を投げ捨てて、辞めた。

だってゲームって大体が難易度調整されていて、

序盤はサクサクと進めるのが当たり前だと思ってたから。

 

でもまぁなんとなくもっかい開いては負けてやめて、

もっかい開いて装備変えてみるけど負けて、の繰り返し。

「つまんないゲームだな」そう思った。

 

 

でもある日、突然その敵に勝つことができた。

テンションが上がるというよりは、「おお...?」という感じ。

なんせ強い武器装備したわけでもないし、HP増えてもないし。

要は自分自身の成長によって倒せた、ということ。

 

継続によって成長することを教えてくれた

それからずっとモンハンをやっていると、やっぱり何度も同じ壁にぶつかる。

でもなんかいつの間にか倒せるようになってる。

あれ、なんか前より俺うまくなっていってる気がする。

そっか、やり続ければうまくなっていくんだ

 

"やり続ければうまくなっていくかもしれない"

 

そう、これです。これ。この感覚なんです。

これめちゃくちゃめちゃくちゃ大事な感覚なんですよ。

これ言い換えると"自分は成長していける"という感覚。

 

部活やってたり習い事してる人とかはこの感覚すでにもってる人多いので、

もってる人からすると当たり前だし大したことない感じがすると思う。

 

でも例えば運動とか勉強とかだめだった人でもゲームでは感じられるんですよ。

それにゲームは社会生活より親切なので強い敵倒せばわかりやすいご褒美があったりするし、そもそも倒す敵も提示してくれるし上達に向けた方法も検索しやすい。

 

だからなんかこう

・自分って何にもできないかも

・自分は無能でこれからもそうかもしれない

・何やっても全然だめ

みたいに感じてる人がゲームによって自信を取り戻せるかもしれない。

 

 

僕も中学校の頃バスケを断念してから何もうまくいかないかもみたいな感覚強かったけど、モンハン始めてからちょっとマシになったと思う

 

 

なのでゲームは

"自分は成長することができる"という感覚を、ゲーム会社の考え抜かれたエンタメ性によって最高に楽しみながら手に入れることができる素晴らしいコンテンツなのだ。

 

 

じゃあRPGは無駄?

 

じゃあRPGゲームは無駄なのか?というとそうではない。

ストーリー性のあるものに触れるのにはちゃんと意味がある。

 

例えば親が冒険を心配する。ビアンカかフローラかを選ぶ。

モンスター側の事情を知る。パパスが死ぬ。

 

そういうことから、感情を理解する力が育まれる。

(これ確か論文かなんかあったと思うので詳しくは調べてみてください)

ストーリーを理解するということは、人の感情の動きを理解するということ。

なのでストーリーに触れれば触れるほど、人のことを理解することができる。

 

そしてこれはアニメドラマ漫画映画にも通じる。

なのでこれらを消費することは、僕らが人の心を理解するのに非常に役に立つ。

なので全く無駄ではない。

 

 

 

結論

どんどんゲームをしよう。

どんどんアニメを見よう。

どんどんドラマを追いかけよう。

どんどん映画を鑑賞しよう。

どんどん漫画をパラパラしよう。

 

そうすればあなたの人生は豊かになる!!はずです。

 

 

自分を正当化できたので満足です。以上

 

 

"自己肯定感"なんていらない

自己肯定感というキーワードがよく聞こえてくるようになった。

なにかモヤモヤとしたものを抱えながら生きている人なら、

調べてみたり本を読んだことがあるかもしれない。

 

自分も自己肯定感がかなり低い方で(そのくせプライドは高いが)

それで悩んだ時間も長かったし勉強してきたので、

なんとか獲得できないか奔走していた時期もあった。

 

加えて僕は企業の人事なので仕事上で取り扱うことも多いのだが、

今のところの結論は

"自己肯定感なんて必要ない"

です。それについて殴り書いてみます。

 

 

そもそも自己肯定感とは?

自己肯定感とは何か。

これは結構難しい問いなんだけど、一般的に語られているのに近いのは

 "自分という存在自体に価値があると判断している感覚"

かな。

前向きに受け入れている、いいものと捉えている

みたいな表現でも間違ってはないかな。

似たような言葉としては

自信、自尊心、自己効力感、などがあるけれど

どれも微妙に意味や使い方が違うので気になる方はこちらの記事へどうぞ。

自己肯定感とは? 自己肯定感が低いとどうなるの? - STUDY HACKER|これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディア

 

自己肯定感はなぜ大事だとされているのか

自己肯定感が高いといいよ、というよりは低いと弊害があるよ、というのが正しいと思う(あくまで私見ね)

例えば自分を肯定的に見れないと

・頑張っても仕事うまくいかないだろうな

・どうせあの人は自分のこと好きになってくれないだろうな

・この失敗はやっぱり自分がダメな人間だからだ

みたいに、全ての原因を自分というダメな存在のせいにして、

かつそれは変えられない事実なので何をやってもダメなんだ

みたいな人生になってしまう。

 

一方自己肯定感が高ければ

・頑張れば俺はきっとできる

・どうしたら自分のことを好きになってくれるだろう

・この失敗を活かして次は頑張ろう

というように、次の行動に向けた思考が働きやすい。

 

つまり自己肯定感が低いと行動のやる気を失わせる思考が働き、

高いと行動を阻害する思考が働きにくくなるんだな。

(ちょっとだけ極論ね。詳しくはちゃんと本とか読んでね)

 

じゃあ自己肯定感は高い方がいいし、高めたい!となるのが自然。

だけどそんなに簡単なことじゃないんだ。

低い人には痛いほどわかることだけど、これがとっても難しい。

 

自己肯定感を高める方法はたくさんあるけれど...

自己肯定感を高める方法は色々あるらしいし、調べればすぐに出てくるが

正直にいうと自己肯定感低いマンの俺からすれば

「それができりゃ苦労しねえよ....」

という内容ばかり。

それに結構周りの環境にも影響を受けやすいので、

特に大人になってから高めるのは結構至難の技。

というか"あ、無理だなこれw"と俺は思いました

(なかなか高くならなくてめちゃくちゃしんどかった)

 

色々試してみてむずいなっていうのももちろんあるけど、

自己肯定感って要は自分を好きになる必要があるなと思ったんです。

よっしゃ〜と最初は意気込んでたけど、ふと冷静になって考えた時、

"そもそも嫌いな人を好きになれって言われて好きになれるのか...?"

となったわけです。結果、俺は無理だなと思いました。

 

結論①:自己肯定感は無理に追い求めなくていい

なので結論、一旦そんな難しい感覚は無理して追いかけなくていいと思います。

使うエネルギーと実現可能性とか得られる効果がアンバランス過ぎる。

自己肯定感が低い人が高くしようとすると難易度が高いから挫けやすくて、

その挫ける度に自分に失望するから、より低くなってしまう可能性とかもあるし。

何より得られないものを追いかけるのってめちゃくちゃしんどいのよ。

経験がある人もいるかもしれないけど、追いかけてる途中がとにかくしんどい。

死ぬまでに手に入るかも分からない。だったら幻だと思って一回捨ててしまおう。

自己肯定感は蜃気楼のようなものだ。

 

補足:絶対に無理だと思ってる訳じゃなく、あくまで低い人が高めるのは難易度が高く時間もかかるので俺はコスパ悪いなと思って一旦諦めた、ということです

 

 

代替案

でもやっぱり辛い人生はどうしても嫌だ、困る。

自己肯定感をあげなくてもなんとかマシな人生にならないかな?

と考えてきたことを以下に追記します。

 

 

①自己受容力をつける

自己肯定感の獲得が難しいのは、スキルというより価値観や感覚に近いってのも理由としてあると思う。

なので代替可能なスキルをここで紹介する。

 

"自己受容力"という言葉を聞いたことがあるだろうか。

英語だとセルフコンパッションかな。

(これについて学ぶのにはDAIGO先生のYoutubeがおすすめです)

 

自己受容力とは"あるがままの自分を受け入れる力"である。

 

 

うん、そう。ここで自己肯定感の低い人は

「ありのままの自分を....無理ゲーっぽいなこれも...」ってなる。

俺もそうなったけれど、これは確信をもって言える。

あくまでこれは思考力なので、技術として身に付く。間違いない。

そして何より少し上達するだけで人生が楽になるので、

ずっと耐えてやっと前進、みたいな修行でもない。

ぜひこの技術を少しだけでも身につけて欲しい。

 

 

ここで大事なのは"受け入れる"ということ。

受け入れる、というのは決して肯定するわけではない。

例えば

・サボり癖がある

・すぐに飽きてしまう

・すぐにイラついてしまう

・すぐに人と比べてしまう

・時間を守れない

・人の目を気にしすぎてしまう

みたいなのが自分だったとする。

(全部自分のことなんだけど書いたら若干落ち込んだ)

 

こんな自分を好きになれ、ってのはまぁまず無理だと思う。

だから好きにならず、肯定もしない。

でも"嫌わない"、"否定しない"、"それが自分だと受け入れる"。

これができると、心がスッと楽になる。

 

 

すみません疲れたので後ほど追記します...

 

 

 

 

 

【逃げの転職】新卒で入った会社を1年で退職した話

僕は新卒で入った会社をぴったり1年で辞めました。

当時はすごく恥ずかしいことだと思っていたし、割と病んで辞めたのであんまり振り返らないようにしてたのですが

そろそろ過去に決着をつけていかないと健全な生活が送れないんじゃないかと思っているので、ここに供養したく書き出しています。

 

就活から入社まで

僕は関西の4年制の大学の経済学部だったので、いわゆる総合職という間口であれば大体が会社選びの対象だった。

周りは割と大企業志向だったので銀行とか商社とか広告代理店みたいなところを目指す人が多かったし、自分もその辺はなんとなく受けた。

でもまぁコミュニケーションがかなり苦手だったのもあって就活はあんまりスムーズにいかず結構苦労した。まぁそれはいいとして

 

当時かなりコミュニケーションに課題を感じていたので、

「このまま人と円滑な会話ができないと生きていけないかも」

という思いでなんとか能力を伸ばせないかばかり考えていた。

 

だから

「あ、そうだ、営業とかやったらコミュ力伸びるかも!営業やろう」

ということで営業を目指すことにしました。

そしてまぁ売るなら好きなものがいいなということで音楽系。

そこに無事に受かり、入社することになりました。

 

補足:

就活が苦手、と感じている人には色んなタイプがいると思うけど、

喋ることがあんまり得意じゃないとか、嘘をついたり作り話が苦手な人は、心から行きたいと思う会社を探すことから始めてみるといいと思う

そうすると面接でも事前に用意した内容じゃなく心から言葉が自然と出てくるので頭の回転とか求められないし、変な対策もしなくて済みます

本当に行きたい会社を探すには徹底した自己分析が必要なんですけど、もし自己分析で困っている方がいれば相談してください、いくらでも時間作ります(暇です)

 

入社してからのしんどさ

僕が入社したのは割と昔ながらのTHE営業という雰囲気の会社で、

新規顧客の獲得がメインだった。

研修では飛び込み営業もやったし、アプローチもテレアポメイン。

こんなの入る前からちょっと調べれば分かるはずだけど、

入社する前は都合のいいところだけみようとしてたなぁとやや後悔。

 

まあやっていく中で結果が出ることもあって喜びの瞬間もあったけど、

基本的には毎日誰かと喋らないといけないし、知らな人に飛び込んでいかないといけない仕事だったのでコミュ障の俺にはかなりきつい仕事だった。

かかってきた電話に一番に出ないといけないってのもしんどかったな〜

(今も電話はできれば出たくない...)

 

辞める、を決めるまで

毎日めちゃくちゃ仕事がストレス、というのもあったしそれが続いていると人間心がおかしくなるもので心療内科にも行ったりして

(ここではADHDと自閉の傾向が発見されて、1つの転機にもなった) 

このまま続けるのは無理そうだな、と思ってから辞める理由を探し始めた。

 

辞める理由を探し始めた、というのは心のどこかで

「たった1年で会社をやめるなんてありえない、恥ずかしい」

という気持ちがあったからだと思う。

妥当性がなければ辞めちゃダメだな、と思っていた気がする。

 

辞める理由としてあがってきたのは

・数十年働いても給料があんまり上がらない

・労働時間が長い

・営業やってみて向いてない気がした

・10年くらい同じことをし続けるなと先輩を見て感じた

・関西から東京に戻りたい

・もっと変化の多い環境で働きたい

・自分の強みを活かした仕事がしたい

・楽しくない、どちらかというと辛いだけ

 などなど。

 

今みると辞めた方がよくね?とも思えるけど、

当時は「全部言い訳っぽいなぁ」という気がしてた。

だから理由を挙げ続けて辞めるべき理由をずっと探してた。

 

そして結局辞めることを決意したのはきっと

「今のしんどい環境から逃げたい」

というシンプルな感情からだったと思う。

 

上司に伝えたところ、

まぁ確かにしんどそうだししょうがないか、

みたいに割とスムーズに受け入れられた。

きっと自他共に居場所じゃなかったんだなぁと思う。

良い人もたくさんいたから育ててもらってすぐ辞めるのは心苦しいところもあったけど、やっぱ続けらんないわということで退職しました。

 

会社を辞めたい人に僕から伝えたいこと

ここからは「やめたい」と思った時に考えてみて欲しいことを書きます。

やめるべきかやめないべきかなんて本人次第だとは思うけれど、

なんかこう気の迷いとか、勘違いで退職してしまうこともあるなぁと思ったので。

なので「これだけは考えてみてくれ」というものを書いておきます。 

 

退職には色々な理由があると思うけど、大きくはこの2つかなと思う。

なので自分がどれで辞めたいのかを考えてみて欲しい。

 

1.ミスマッチ

これは自分と会社(もしくは仕事)の相性が悪いことによる退職。

こればっかりは会社は変わらないから自分が変わるしかないんだけど、

自分の大事にしている部分とずれていたら正直どうしようもない。

そしてミスマッチが起こる原因としても大きく2つかなと思う。

 

A.入社の時点でずれていた

これは自分のことをよくわかっていなかったり、面接官に虚言や誇張があったりすると起こる。

もちろん入ってみないと分からないことってたくさんあるしね。

 

B.働いてみて会社が、もしくは自分が変わった

入社した時はマッチしていたけど、社長や上司が変わったり会社の方針が変わったりなどでミスマッチになるパターン。

これは結構ベンチャーとかに多いし、そんなに珍しいことでもない。

そしてもっと起こりやすいのは自分が変わったパターン。

実際に働いてみて、いろんな人と接してみて、日々生きていて人間の考え方や価値観って結構変わるし、気づくこともたくさんある。

そうなると当然同じように会社が変化するわけでもないので、ミスマッチが進んでいく。

 

2.単純にやばい会社

これは問答無用ですぐ辞めるべき。

やばい会社っていうのは例えば法的だったり倫理だったりそういうのが欠如している会社のことだけど、自分がこの会社やばいかもと思ったらやばいです。

これに気づくためにはいろんな会社の人と話すことが大事なので、人に相談してみてください。

ネット上の掲示板とかで晒してみるだけでも気づけるかな。

 

この2パターンでどっちに当てはまるのかをまずは考えて欲しくて、

ミスマッチの場合はさらに掘り進めて以下を考えてみて欲しい。

 

ミスマッチの場合にも要素があって、もしかするとそのミスマッチは

同じ会社内での異動とかで解決する可能性もある。

 

大きく分けて

1.人と合わない

2.仕事と合わない

だと思う。

 

人と合わないの例としては

ex.社長や上司と合わない

これは多分やめるしかない。

けど、人間って結局深く付き合ってみないと分からないし、 

役職持つ人って立場上アウトプットが誤解されやすいので、

見極めるのはすごく大変かなと思う。

なんとなく合わないっていう感覚も大事だけどね。

ex.チームの雰囲気と合わない

ほとんどの場合、どんなに小さい会社でも全メンバーと接して仕事する人はいないので

普段一緒に仕事する人は限られてくると思う。

その人たちと合わないけど、他の部署には仲良い人がいる、とかだったら

異動したらもしかすると状況がいっぺんするかもしれない。

 

仕事が合わない例としては、

ex.長所を活かせない

例えばミスなくきっちり仕事を遂行するのが得意な人が、

曖昧で成果がわかりづらい仕事をするとうまくいかない。

もちろん逆もしかり。

自分の得意なことなんてないよ、と思ってる人も多いけど

得意って大体は"自分が意識せずに行っていること"の中にあるので

人に聞いてみるとわかると思うよ。

もしそういうものがなくても苦手なことはあるはずなので、

苦手を仕事にはしないように気をつけよう。

得意な人に任せた方が世界はうまくまわります。

ex.動機に共感できない

これはビジョン共感とかも含まれるけど、

"誰にどんな価値を提供しているか"

"どんな世界を目指しているか"

に共感できないと、金を稼ぐ雑用になってしまう。

もちろんそれでいい人はいいんだけど、どうせならちょっとでも

やりがいのある仕事がいいよね。(と筆者は思っている)

だからそこにあんまり共感できない仕事はやめておこう。

 

 

そしてもう1つ。

今の仕事を"やりたくない"という気持ちについて考えて欲しい。

なんでこんなに考えて欲しいって伝えたいかというと

それを通して自分のことを理解できるからなんです。

別にここまで考えるほど転職が重いものだとは思ってないんだけど、

やっぱり同じような転職を繰り返すのはあんまり得しないと思ってるので

いい機会だと思って深く考えてみて欲しい。

 

やりたくない仕事について気をつけて欲しいこととしては、

本当にやりたくないのかそうじゃないのかを問うて欲しいということ。

 

1.本当にやりたくない、自分の人生をそこに使いたくない

これはもう仕方ない。やめていいと思う。

だって自分の人生なんだからやりたくないことに時間を奪われちゃダメだ。

 

2.思うように成果が出なくて、進まなくてやりたくない

これは一旦立ち止まって考えてみて欲しい。

仕事してりゃ誰だって必ず停滞するタイミングがくる。

だってそんな簡単な仕事ばっかりじゃないもの。

うまくいかない時期って絶対にくる。まじで絶対。

でも人間って怖いのは、うまくいかないことを自分の能力のせいにはしたくないので

無意識に"俺はやりたくないから成果が出ないんだ"って思おうとするの。

これはねえマジで無意識だから自分では気づけない。

だからやりたくないと思ったら、うまくいってないからそう思ってるのでは?

と一度自分に問いかけて欲しい。

それを乗り越えた先に自分の人生があったり、

しんどくても頑張りたいという気持ちがあったりするのなら

一時的に目の前が暗くなっているだけかもしれない。

 

 

以降は気が向いた時に更新します

 

・すぐ辞めることのデメリット

完璧主義からの脱却という迷路で出会う矛盾と自分

最近すごく自分が完璧主義なんだなぁと感じる、というか昔から感じていたけど改めてそうなんだな...と思うことが多い。

 

どうせやるなら完璧にしたい。

完璧にできないならやりたくない。

どうせ完璧にできないんだからやめとこう。

完璧にできなかった、、、

 

いやこれ超疲れるじゃん。

完璧にできないって分かってるのに完璧主義から抜け出せないってやばい。

脳のバグ。面白い。

 

昔から割となんでも要領よくこなしてきたってのもあるのかもしれない。

うまくいかなかくなるとすぐ諦めちゃうけどね

 

 

話を戻すと、完璧主義ってどうやったら治るんだろう。

もしこの記事に解決方法を求めてきちゃった人はごめんなさい。

私まだ完璧主義から抜け出せてないです。

 

完璧にするってまじで無理、というか完璧という状態が幻なのにそれを追い求めちゃうって控えめに言って病気だよね。

世の中に完璧って多分人間が作り出すものの中では存在しないと思うんだ。

(限りなく完成度の高いものは存在すると思うけど)

 

脱線するが、正解を探す癖も結構強い。

なんかベストな選択や回答があるんだろうと常に探してしまい、一歩どころか何歩も遅れがちなところがある。

決める時も「絶対に最高の選択をしたい」という思いが強い気がする。

失敗に弱い心、っていうのもあるのかもしれない。

(失敗に弱い心って単純に失敗の絶対数=挑戦回数が少ないんだと思うけどね)

 

このあたりを近い話としてまとめて考えてみると、

理想や期待が高いっていうのもあるのかもしれない。

でもそのくせ自分に自信が無いみたいに思うこともあるし、

結局何者にもなれず何も成し遂げられないんじゃ無いか、

みたいに思うことも多い。

 

うーんいよいよ矛盾が強くあらわれてきたな。

 

 

あ、もしかすると人生に大きな目的がないから、

目の前のことの品質をあげることを目的にしないと前に進めないのかな。

わかりづらいなこの表現。

上位概念であるべきの"何か"が不在であるがゆえに、本来許容できるはずのそこに向かうまでの失敗や挫折に弱いのかな。

大きな目的がないから、目の前のことの品質をマックスにあげないといけないと思い込む、みたいな?

なんかおんなじこと言ってる気がするな

 

 

一応、形だけかもしれないけど自分のビジョンは言語化した。

この間。ベロベロのときに。笑

 

1.エンタメで世界を平和に近づける

2.パフォーマンスを出すためにも自由を勝ち取る

3.好奇心と思考力と感受性が武器になる

 

ここに向かってはいるはずだが、冷静に考えると生活と密には結びついてない。

行動全てがここに根ざしているわけではない気がしてきた。

(例えば歯を磨くとか、ゲームをするとか、朝まで酒を飲むとか)

 

 

 

むむむむ、話の方向が変わってきた

日々の生活を楽しむ、という目的もここに含まれないといけないのかな

4.日々の生活を全力で楽しむ

も追加すべき?いやなんかそういうことじゃないのか???

 

 

うーん。

てか久しぶりにこういう答えの出なそうな無駄な思考をちゃんとしたな。

なんかメンヘラ?とか考えるばっかが先行して何も進んでないみたいなのがいつからか嫌いになって、こういうこと考えるの自然とやめてたな。

 

 

話をやっぱり戻そう。

やっぱり俺の人生において完璧主義は何かと邪魔になっている気がしているから、いい感じに解決したいんだ。

そう、そこはブレちゃだめだと思うし、本当にそう思っていると思う

(思い込んでいるわけでもない、という確認)

 

いっぱい失敗してみれば変わるのかな?

でもこれずっとそう思ってるけど体が動いてないんだよな。

だから結局あんまりいい解決策じゃなさそう。

 

 

じゃあどうしよう。どうすべき?どうすべきという思考がもダメか?

うーん。

 

 

少なくとも、既に完璧ではないものに囲まれているので完璧でなくても本来は大丈夫なはずだが、自分が生産に関ったもののクオリティを担保したいという思いはすごく強い。

なんかこれは悪いことばっかりじゃない気がするけど、音楽においてこれは明らかに邪魔になっていて、作った物を表に出したくないみたいになってると思う。

 

じゃあ駄作でもいいからとにかく世に出してみるか?

いや、実際サウンドクラウドには20曲くらいマジでダサい曲が羅列されている。

そして品質が上がっている感じもほとんどしない。

(これはなんかFBがないから変化しないってのもある気がするけど)

 

 

 

ちょっとメタ視点の話をすると(メタってかっこよくない?使いたくない?)

この記事は試しに何の構想もなく、誰かに読まれるようにわかりやすくみたいなことも考えずに書き殴ったのだが、ここまで数分でかけるくらいにはアウトプットできている。

いつもこの精神状態で創作に向かえば良いのか?

(あ、そうそう完璧主義を脱却したいという背景は、音楽制作があまりにも進捗が悪いからなんです。好きなはずなのにね。)

 

ここまででもう2000文字近くになっていて、なかなか2000文字の記事を描こうとすると難しいので、この感じで何かを作るのは悪くない気がする。

あえて目的も理由もないまま、徒然な感じで。

 

 

とりあえずこの記事の執筆を通して学べたことはそれだな。

なんかもう深く考えず作り始めてみよう。

その中で何かみつかるかもしれない。

見つからないかもしれないけど、成果を期待するのもやめてみよう。

もしかしたら何か変わるかもしれない。

 

 

 

ここまで読んでくれた人は相当忍耐強くて物好きだと思うけど、

何か気付きがあってくれたら嬉しいです。

この記事の感じが読んでくれる人にとってどうなのか気になるけれど

(結局完璧主義が抜けてないという再認識になってしまった笑)

素直にコメントとかもらえると嬉しいです。

 

では次回。

(何考えてるか分からないと言われることが多いけど、脳の中で展開されているのはいつもこんな感じの思考です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の体調不良との戦いの歴史:僕の20代を奪った不定愁訴

25才の秋、ちょうど涼しくなったくらいだったかな。

当時Webマーケティングの会社でエンジニアをしていた。

ある日の朝、眠りから覚めて立ち上がると今までに経験したことの無いような激しい右側の頭痛、というか寝違えた痛み?みたいなものを感じて立っていられなくなった。

あまりの痛みによだれが出てしまうくらいで、すぐに会社に連絡し休みをとった。

この時は「寝れば治るかな」くらいに思っていたが、ここから僕の体調不良は30才目前の今まで、約5年間続くことになる。 

  

 

時系列での体調の変化

まずそれまでの僕の体調、というか状況について説明した方がいいかもしれない。

・新卒入社からの1年で転職

まず新卒で入った会社を1年で辞めているが、当時営業をしていてあまりにもしんどかったので心療内科に行ったところ「ADHD(特に注意欠陥)およびASD傾向あり、鬱とは断定できないが、いわゆる自律神経失調症と言えなくもない」という診断結果だった。

(傾向?かも?なんてハッキリしない結果なんだろう...と当時は思ってたけどそういうものらしい)

身体自体は社会人になってからぷくぷくと肥えていたので割と健康だったが、今思い返すと割と苦い味がするような精神状態だったと思う。

・転職先でちょっとずつ回復するも

そして転職した先のWebマーケの会社でも、おそらくそういう傾向が原因で割と精神状態はズタボロだったけど、めちゃくちゃいい会社だったのでちょっとずつ復活してきているところだった。そんな矢先に原因不明の、しかも今度は心ではなく身体に不調がやってきた。

・体調不良の変遷

最初はとにかく頭痛。死にたくなるほどの痛みが永続的に続く。

仕事もずっとは休めないので頑張って向かうが、痛みが酷過ぎて何もできない。

行ったその日にベンチで横になって「あ、気失いそう」と思って当時の上司に電話し、タクシーで病院まで連れて行ってもらった。

この日から僕の体調不良との戦いがスタート。

ここから徐々に悪化していき、痛みは右手親指まで広がっていき、一時期は痛みとそれによる睡眠不足やだるさで起き上がれず思考能力もほとんどゼロになり、ほとんど記憶がない時期もある。

結論からいうと現時点で「75%解決」。

毎日泣きながら、もう死んでしまった方が楽だと思っていた自分に見せてあげたい。

(完全に解決してないよ、と伝えると死んじゃうかも、当時の自分。笑)

それまでの歴史をみなさんに伝えることで、誰かの原因不明の体調不良の役に立てばいいなと思っている。

 

戦いの歴史 

1.医療 

まず頼るのはここだろう。

身体の方についてまずは片っ端から検査を受けた。

頭痛専門みたいなところとか、外科系や内科系も一通り。

特に大きな異常はないですねとか、筋肉をほぐす薬で様子を見ましょうとか。

ほとんどの場合は痛み止めを処方されるだけで終わったかな。

痛みを表現するならば「右側後頭部から首にかけての鋭い痛み」という感じで

筋肉かなぁとか腫れとか脳とか耳鼻科とか色々疑いはあったけど全て問題なし。

 

正直、ここで一旦心が諦めてしまった。

だってね、お金も時間もたくさん使って何も分からないし改善しなかったのよ。

体調不良ってお医者さんに行けば治ると思ってたから絶望だった。

医療に頼って分かったことは「原因不明」ということだけだった。

ここで既に1年くらい使っていたので疲弊してしまっており、

体調不良と痛み止めで戦う日々が続いていて、痛みにも慣れ始めていた。

 

あとは心の問題で身体に痛みが出てくる可能性もある、とのことだったがどんなカウンセリングや診察を受けても症状がよくなくことはなかったし、とりあえず鬱ですかね?みたいな結果ばかりだった。

(ちなみに鬱病で身体に不調が出るというのはよくあることで、身体に出ちゃうと結構深刻な状態みたいなのでそうなる前に病院に行くことをオススメします)

 

痛みに慣れ始めたころ、徐々にその痛みは右腕に広がっていき、痛みにほとんどのエネルギーを吸い取られ思考能力も低下。仕事もできず人に会えない時期もあった。

「このまま治らないかも。死んだ方がいいかもしれない」

まさか身体の不調でこんなことを考えるなんて思わなかった。

 

2.生活習慣

医療では何も分からなかったので、一旦諦めたもののやっぱり毎日が辛い。

ちょうどこの辺りでフリーランスになり、若干生活習慣が崩れたのもあったのでそれを治したら少しは改善するか?という期待を持って色々試した。

というかこの時期に相談した人に"生活習慣が悪いだけだろ"って言われて悔しくてじゃあ全部完璧にしてやろうと思ったってのも大きいんだけど笑

結果としては"効果ナシ"。

試したことと言えば、

・早寝早起き&定時寝定時起き(半年くらい)

・寝具変える&引越し

・禁煙&禁酒(4ヶ月くらい)

・食生活(3ヶ月くらい、栄養士に頼んで完璧にした)

・運動(1年くらい、ジム,キックボクシング,ランニング,筋トレ,ストレッチなど)

などなど。本当に悲しいくらい効果がなかった。

日光浴びるとか風呂に浸かるとかもやってみたりしたけど効果なし。

もう絶望ですよ。ここまでして体調不良って何?ってなったもん笑

 

3.民間/非科学療法 

ここからはヤケになってたというのもあるけど、徐々に一般的ではない分野にアプローチしていくことになる。

試したことは下記の通り

 

・マッサージ

一定効果はあった気がするけど、すぐ元に戻っちゃうのとお金がかかり過ぎる、そしていいマッサージ屋とそうじゃないとこの引きにも依存するので数回で断念。

 

・整体

これもマッサージと同じ。保険適用で安いところはあるしおすすめはしやすいかな。

ただやっぱり当たり外れ問題から逃げづらいので、あたりを引けるならいいかも。

 

・鍼

これかなりよかったと思う。高いけど。

少なくともその日は体から余計な力が抜けてよく眠れた。けど、あくまでなんとなく良くはなっただけで根本の治したいところにはアプローチできず。

 

仙骨まくら

ダルビッシュさんも同じような体調不良を抱えていたらしく、その動画をYouTubeで見て購入。なんとなく効いた気がする。

けど、同じようなことをストレッチローラーで代用できそうと思いそちらを購入。結果的にもそっちの方が自分には効いた。

ダルビッシュさんいわく、科学的なものは一通り試してダメだったからそれ以外も片っ端から試したところこれが良かった、とのこと。

そうか、体調不良を治すためには手段を選ばすとにかく試し続けることが大事かも?というマインドをここで得た。

 

・筋膜はがし

筋膜リリースのストレッチローラーを購入。

これはかなり良かった。おススメです。安いし。

体全体の筋肉を自分で解せるようになるので、定期的に低コストでメンテナンスできます。

いちばんよかったのはアマゾンとかで売ってる3点セットみたいなやつ。

特にボールみたいなのがちょうどいいところに届くのでオススメ。

 

・肩甲骨はがし

これは現在進行形でやっているが、まぁちょっとは体が軽くなるかな?という程度。

肩とか首のコリは改善する気がする。

 

・漢方

俺が飲んだのはアシュワガンダというストレスにアプローチできるらしいやつとか、あと偏頭痛にきくやつとかね。体感としていまのところほとんど効果なし。

 

・市販薬

コリホグスとかドキシンとかの筋弛緩系の薬を試して、これはまぁまぁ効果あった気がする。体の余計な緊張がなくなるから寝つきもよくなる。

んだけど、常用する薬じゃないな〜と思ってるのでどうしても強張りとかで眠れない人がたまに使う、みたいなのがいい気がするな。

あとは痛み止めを痛すぎてどうにもならない時につかってる。

治療ってよりは対症療法だから、解決にはならなかった。

 

・気圧との関係

 これは最近、気圧計を買って調査中です。

 

・除湿機

湿度も体調に影響するとのことで、50%前後くらいに安定させるために最近購入。

あんまり効果は感じてないけど、部屋の居心地は抜群によくなったし肌荒れもなおってきたので普通におすすめ。アイリスオーヤマ白い巨人ってやつがコスパよかった。

 

・メガネ

視力があんまりよくないのに裸眼で、目を酷使する仕事でもあるのでたまにつけるようにしてるけどまぁまぁ楽になった気がする。

視力の悪い状態でピントを合わせようとするとかなり目に負担がかかる感じがするので、目が悪い人はぜひ(俺に言われなくても普通そうするんだろうけど笑)

右目が斜視だからそれでモノを見る時に負担かかってる気もするので、斜視を治した方がいいかもしれない、と最近思っている。

 

4.たどり着いた今の答え

とりあえず適度に体を動かして筋肉が固まるのを防ぐこと、あとはボディバランスを整えることに挑戦してます。

特にボディバランスは昔に左足の前十字靭帯を切った影響で膝をかばう癖がついてるっぽいので、それで体に影響が出てるな〜と整体の人とも話してます。

 

あと最近ちょっと頸椎椎間板ヘルニアを疑ってます。

MRIとかレントゲンとか過去とってもらったことあるんだけど、もっかい行ってみようかなと。 

 

とりあえず挑戦はやめずにいつかの万全の体調を夢見て試行錯誤していきます。

 

また新しい情報があれば、随時追記していきます。

 

 

なぜ"居心地の良さ"を大事にしたいのか

私は仕事では人事(組織開発)を、プライベートではクラブイベントをやったりしてます。その中で最近なんとなく自分が大事にしてることが明らかになってきた。

"居心地"です。

 

なんで居心地が一番大事なんだろうな〜と考えてみると、

"ずっと居心地の悪い人生"を送ってきたからなのかもしれないな、と思ったので

人生を振り返りつつ"居心地"について書きます。

 

所属してきたコミュニティの居心地

誰でも生きてきていくつかのコミュニティに属してきたと思う。

学校、部活、塾、友達、親戚、ネトゲSNS、などなど

自分の所属したコミュニティを振り返ると、結構振り幅が大きかったな〜と思う。

 

幼少期

・小学校

ここは記憶も薄いしいろんな人もいたけれど、なんとなく今思い返すと同じくらいの生活水準の家庭同士が仲がよかったのかなぁと思う。

ゲームとか遊戯王カードとか、塾とか習い事とか、共有できる遊びが似てくるからなのかなぁ。

自分は恐らく一般的にいう中産階級くらいのコミュニティに属していたと思う。

ただ、なんとなくこのコミュニティの人達はスクールカースト上位っぽくて偉そうで、今はもう会ってないので今思うと他に居場所がなかったから仕方なく居た感じだったのかな。他の友達と遊んでる方が楽しかった気もする。

 

・塾

当時の友達が私立の学校にいくというので、その親にうちの親も唆されて俺もその気になって塾に入った。

その塾では小学校ではいじめられたり存在感のない人ばっかりだったけど、そこは先生も面白くて割と居心地がよかった記憶がある。

でも今思うとちょっと周りを見下して偉そうにしてたかもしれない。

このメンバーとも今ではもう会っていない。中学に受かった後すぐ疎遠になったから、ただ同じ空間にいただけなのかもしれない。

 

・祭

3歳から最近までやっていて(怖いおっさん達とかしがらみがめんどくさすぎて3年前に辞めた)割と自分のトラウマにもなっているコミュニティ。

すぐキレる酔っぱらった大人と喧嘩至上主義の世界。そこにいる年の近い先輩達もやんちゃで、定期的にいじめのターンが回ってくるような感じだった

正直大人も先輩も怖くてよく分かんなくてずっと居心地が悪かったんだけど田舎特有の雰囲気でなかなか辞められなかった。

年上の男の人に基本的にビビってしまう性格はこのコミュニティで育った気がする。

 

思春期

・中学/高校

中高一貫の私立だったから、割と金持ってて育ちいい人が多かった。

この6年間はかなり平和だったし、居心地もよかった気がする。

もちろんちょっと真面目すぎるなとか、勉強好きだなみたいな違和感はあったけどそうじゃない人もいたし賢い人って面白いんだなという気付きとかもあった。

いじめる側、いじめられる側になったこともあったけど今思えばそんなに長く続かないし暴力とかではなかったからマシな方だったのかな。

まぁ見た目への強いコンプレックスはここで植え付けられてしまうのだけど。

 

・部活

中学校の時だけバスケをやってたんだけど、高校でも続けるかって時になんか合わずに辞めた。(一貫だから続ける人は中3引退後、高校の部活に合流する)

当時は練習がキツかったからだと思ってたけど、今思い返すと部員達と合わなかったんだと思う。

何を喋ったかも覚えてないし、チームとして何かを成し遂げたみたいなこともないし今会う友達は誰もいない。

まぁまぁ地域では強かったからバスケ自体は楽しかったけど、辛い練習を乗り越えるほどのコミュニティの楽しさみたいなものはなかった。

 

・ライブハウス

私立で堅い雰囲気に嫌気が差していたのか、元々音楽が好きだったのかは分からないけど、友達の誘いでギターをはじめてそれがやがてバンドになった。

そのきっかけをくれた奴は難病を持ってて、当時聞いた時は衝撃だったけど今もいろんな災難に合いながら強く生きているので尊敬しているし、人の痛みが分かるすごく居心地のいいやつだった。

中高ではバンド=不良の文化が強かったから変な目立ち方をしたりもしたけど、ライブハウスに通うようになってからまた新しい繋がりが増えた。

ライブハウスにいる大人はちょっと怖かったけどかっこよかったし、何より近隣の高校でバンドやってる人たちと繋がってそいつらと遊んでる時がとにかく楽しかった。

中高では過去にあったことや付き合った相手とか先生との関係とか成績、部活とかいろんなしがらみがあったけど音楽の仲間はそういうのナシでフラットに付き合えたからよかったんだと思う。

ここの仲間とは今でもよく遊ぶし、非常に居心地のいいコミュニティだと思う。

 

・大学

関西の私立の大学に行ったんだけど、知り合いが1人もいない中でのスタートだった。

はじめて0から人間関係を作るいい機会になったけど、普通に寂しかった。

バスケとリア充軽音のサークルが合わなかったりして、最終的には居心地のいいサークルにたどり着けて友達もできた。

ゼミは自分と違う世界の人たちに囲まれたけど、意外と居心地は悪くなかったかもしれない。

どこか自分を抑えていた部分はあった気がするけど。

でもこの時はやっぱり地元最高だと思っててよく実家帰ってたなぁ。

やっぱり地元の居心地には勝てなかったような気もする。

大学で出会った人たちは育ってきた環境とか社会背景がみんな全然違ったからお互いに持ってる偏見とか固定観念みたいなものがぶつかる時もあった気がする。

 

・新卒で入った会社

営業会社だったし、喋れてノリがいい人が正義みたいな世界だったので居心地は最悪。

同期ともあんまりウマが合わなかったな。大学の合わなかったサークルに雰囲気似てた。

なんかこう、人を選んだり見下す感じというか。そう感じただけかもしれないけど。

 

・2社目

ベンチャーだったから割と風通しはよかったけど、イイ奴が多すぎて逆に合わなかったのかもしれない。

居心地がいいってのは良い悪いというより相性の問題なんだなって思った。

すごい良い環境だったはずだし、みんな優しかったし雰囲気もよかったから。

でもなんかこう大事なとこが合わなかったんだろうな。

 

フリーランス

ここで「同じとこにい続けると結局居心地悪くなっていくのでは?」と思って独立。

いろんなところに顔を出すみたいな形式に変更。

今思えば昔からこういう人付き合いだったから、向いてるのかも。

割と心も平和で、余裕もある気がする。

気分によってコミュニティを選べる

(これは自分勝手すぎる行動なのでおすすめできない、人によっては誠実じゃないと思われるから)

 

 

結論

というような経験から、自分の中の結論は以下。

「金、時間、心が自由で余裕のある状態」であれば居心地がいいんだな、と。

 

 

続きはまた次回